川辺川ダム問題と冤罪の構図

【司会】 次に板井弁護士にお聞きします。この事件の背景をどのように考えていますか。

【板井】 はい。先程,内川先生も少し触れられましたが,私は、背景に川辺川ダム建設問題等の政争があると思っています。

【司会】 どうしてそう思うのですか。

【板井】 それは、これまでの矢上さんのダムをめぐる言動と川辺川ダム問題が大きく関係しているからです。

【司会】 板井弁護士は川辺川ダム問題に関わられた経験からその辺りのことはお詳しいですね。矢上さんの川辺川ダム問題に対するスタンスはどのようなものだったのでしょうか。


【板井】 1997年7月10日の熊日新聞は、矢上雅義衆議院議員が旧建設省川辺川工事事務所に出した要望書について報道しています。それによると、矢上議員はダムの規模を半分程度に縮小し、その分の予算で河川改修を促進してはどうかなど6項目を挙げています。
しかし、球磨郡町村会と議長会は、こうした要望書を出した矢上議員に真意を確かめるとして「今になって住民を動揺させる清治でいいのか」などと糾問しています。
ところで、建設省の回答を受け取った矢上議員は「利水事業は一度仕切り直しをして、水が必要な人の数に見合ったダムの規模にすべきだ」と述べています。
この時期は、私たちが国営川辺川利水訴訟を提起して1年を経過した頃でした。そうした時の発言ですから、私は大変な見通しと勇気のある人だと思いました。
しかし、この後、新進党から自民党に移籍し、自民党公認で衆議院選挙に出馬した矢上さんは無所属候補に敗北し、落選します。この時に、ダム推進派は自民党 と一体となって,ダム推進を唱えるある無所属候補を応援したのです。要は,川辺川ダム建設に慎重な態度を取っていた矢上さんが目障りになったということで しょう。
矢上さんがその後相良村長として,川辺川ダム建設反対の立場を明確にされたことは皆さんご承知のとおりです。

【司会】 つまり,矢上さんの逮捕は、ダム問題と関係があったとお考えなのでしょうか。

【板井】 私は関係があると確信しています。

【司会】 具体的な根拠がありますか?

【板井】 私 たちは、2003年5月16日、福岡高裁において川辺川利水訴訟で勝訴判決を得ました。そして、判決が確定してから新利水事業策定のための事前協議が始ま りました。この協議は、熊本県が総合調整役を務め、九州農政局、熊本県農政部、川辺川総合土地改良事業組合、川辺川地区開発青年同志会のほかに、川辺川利 水訴訟原告団・弁護団も構成員として加わりました。
関係市町村は、当初はこの事業組合の構成員として参加していました。
この事前協議は、マスコミに公開され、水源をダムに限定せずに、事業規模に予断を持たず、情報の共有、農家が主人公を基本的合意として始まりました。そして、国土交通省もオブザーバーとして参加することになりました。
しかし、後にこの事業組合の事務局長が対象農家の名簿をダム推進の土建業者に手渡す役割を果たし、停職処分を受けたところから、関係市町村が直接、事前協議に参加する形になりました。
矢上さんは、国会議員選挙に落選したあと、利水訴訟原告団の支援も受けて相良村の村長選挙に当選し、この時点では、事前協議にも参加していました。
そして、この事前協議は地元の意見も聞いていく中で、対象農家を縮小した上で、ダム利水か、ダム以外の利水かをめぐって大きな争点になっていました。と同 時に、国土交通省(旧建設省)は川辺川ダム建設にかかる強制収用手続きを申請していましたが、利水事業の行方がダム建設そのものもを左右するという事態に なりました。
さらに、川辺川ダム建設をめぐる住民討論集会も会を重ね、国土交通省の県民に対する説明義務が鋭く問われていました。
こうした中で、矢上相良村長がダム問題や利水問題についてどのような立場を取るかが焦点になってきたのです。そして,矢上村長がダム反対の意向を明確にさ れるに至るわけですが,このような情勢下で,当然、国土交通省や土建業者、相良村以外の地元各市町村は、ダム問題や利水問題について相当な危機感を持つよ うになっていました。
こうした時期に、相良村では、強力なダム推進派である,村議会議長を経験している議員がリコールされました。このリコールされた前議員は、矢上村長を敵視するようになり,その後,矢上村長を失脚させたいと警察に述べていたことが供述調書から明らかになっています。
つまり,この事件が立件された当時,矢上さんは,自民党や国土交通省,土建業者,関係自治体,地元議員ら,川辺川ダム建設を推進しようとする勢力から強く敵対視される状況になっていたのです。
こうした中で、矢上村長は逮捕されたのです。私は、ある行政関係者から、警察から矢上村長を逮捕していいかどうかという意見を事前に聞かれたという話を聞 きました。以上のような事実関係から、私としては、矢上村長の逮捕はダム問題をめぐる政治的な背景があったのは確かだと考えています。


【司会】 確かに,矢上さんの政治的影響力を排除するために,川辺川ダム推進勢力がこの事件をでっちあげたのだと考えることは全く不自然ではないですね。ただ,そのような謀略があったとして,反矢上勢力の計算ミスだったのは,矢上さんが勾留中に相良村長に再選したことですね。

【板井】 そうですね。矢上さんは、2005年11月に,獄中から相良村長に立候補し見事当選します。そして、その後保釈され,その年12月末から始まった事前協議に参加し、積極的に発言します。
特に2006年6月から7月にかけての事前協議では、矢上さんは、いわゆる農水新案はダム案であって問題があり、かつこの案では、相良村にとっても対象農家にとっても負担が大きすぎることを明言して賛成できないと意見を述べています。
しかし、推進派は矢上さんの意見を無視し、事前協議を解体して強行しようとしたので、矢上さんは国営利水事業に参加しない、ダムに反対するとの態度を表明していました。
そして、現在、熊本県知事選挙をめぐって川辺川ダム問題が唯一の争点と言われていますが、この事件がでっち上げられた当時から,まさにダム問題はそのように大きな政治的争点だったのです。ここに矢上逮捕の背景があったと,我々弁護団は確信しています。